« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »

2013年7月

2013年7月29日 (月)

いくり

糸島弁シリーズその五十一。いくり。
『ことしな こおりざとうを あんましいれん うめしゅと いくりしゅに しょうかて おもいよると』「今年は氷砂糖をあまり入れない梅酒といくり酒にしょうかと思っているんだ」

そげんそげん、ちーと酸いい酒の方がおいしかもんね・・・とこれは個人的見解。ははは。

【いくり】すもも(李)の地方名=方言。日本国語大辞典には「いくり」に郁李という字を当ててあり、日本すもものことで愛媛・高知・九州方言としてあります。なんかわかったようなわからんような用語説明ですたいね。

博多でも「すもも=いくり」で、これ糸島博多共通で問題なしですが、糸島にはどうも別の呼び方(方言)や、あるいは「すもも」の別種があるごたりますね。この写真をご覧くだされ。伊都菜彩での一コマ(四コマか)です。

Sumomo_group_2

左上から時計回りに、すもも・いくり・メスレ・ユクリと命名してあります。正直なところユクリとメスレが方言か別種の和名なのか確認できとりません。それにまた「新修志摩町史」には、すもも類の果物として「あべんとう」「はらんきゅう(これは博多でたぶんハタンキョウ)」というのまでありました。もうこうなってくるとお手上げであります。このあたりの違いをご存知の方がいらっしゃいましあら、どうぞご教授お願いいたします。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年7月22日 (月)

たまぐりがえる

糸島弁シリーズその五十。たまぐりがえる。
『よる ごみだしい  いったら まねきんのくびの すてちゃって たまぐりがえったばい』「夜にゴミ出しに行ったらマネキンの首が捨ててあって本当に驚いたよ」

【たまぐりがえる】たいそう驚くこと。「たまぐり」は「たまぎる・たまがる」。「がえる」で、その動作・状態が繰り返されるさま、また、はなはだしいさま。
この「たまぐりがえる」は自分より年上の前原人から直接聞いた糸島弁ですばってん、博多じゃどうですかいね。普通は「たまがりがえる」でっしょうが、やっぱ「たまぐり」て言うおいしゃんも居んなるとかな。とりあえず糸島博多共通弁としときまっしょう。
たまぎる・たまがるの語源はこっちに詳しゅう書いとりますけんご参照くだされ。

では、その怖い怖いマネキンの首。これ見たときは昼間やったですが、ほんなごと放生会のお化け屋敷よりたまがりましたばい。

P5180029

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月15日 (月)

せかせん

糸島弁シリーズその四十九。せかせん。
『ちーたー わがから うごかにゃ いわれたことせかせんじゃったら しごとな さばけんめえが』「少しは自分から動かないと。言われたことしかしないじゃ仕事ははかどらないだろう」

【せかせん】「~しかしない」こと。この「~しか」の変化訛りの「せか」。
これは博多でも、最近はあんまし聞くこともないごたりますが、自分は無意識んうちに「これせかせんばい」とたまに言いよる気がします。糸島博多共通語やなかですかね。ま、どっちにしたっちゃ年寄り語の部類でしょうたい。
【わが】我、吾。自分のこと。あるいは、こちらからみて、お前=自分。

ついでに、意味が違う「せかせん」の例会話文をひとつ書いときましょう。『寄り合い客の来るとが見えんけん、そん玄関戸は誰にでんせかせんどけ(誰にも閉めさせるな)』

写真は「せかか」ならぬ「しかか=鹿家」海岸初潮旅館前でのキス釣り。

Sikaka

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月 8日 (月)

きんのうなる

糸島弁シリーズその四十八。きんのうなる。
『きんのう まるたいけこうえんで まひわていう きんなかとりば みたとやが これも やっぱし ふゆげから きんのうなるとやろかね』「昨日、丸田池公園でマヒワという黄色い鳥を見たんだけど、この鳥もやはり冬毛から黄色くなるんだろうか」

【きんのうなる】黄色(きいろ)くなること。黄(き)なくなる→黄(き)のうなる→黄(きん)のうなる・・・という変化でしょうかね。いや正確には→の方向が逆で←という訛化いなるとでしょうね。いずれにしても、博多や糸島圏の特徴あふれる方言のようです。
博多では「黄(き)んのうなる」「黄(き)んない」の「ん」付き語を聞いたことはなかとですが、「細(こんま)い」やら「狭(せん)もうなって」ていうとは使いますけん、別に違和感はなかですね。これも両地域共通の方言というて間違いなかっちゃなかでしょうか。

Mahiwa

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年7月 1日 (月)

いといといとしましま(伊都怡土糸島志摩)

糸島弁シリーズその四十七。
『なあなあ いとしまの もともとの いとはいとな いとな いとな しまな しまな しまな』『じげじゃなかとに そえなこと たんねられても おれにゃ わからんばい』「ねえねえ、糸島の元々のいとは糸なの、伊都なの、怡土なの。しまは島なの、志摩なの」「地元民じゃないのに、そんなこと尋ねられても俺にはわからないよ」

本日はこのしょうもない会話文を思いついた画像を先にご覧にいれときましょう。

Ito_shima

一枚の標識に糸島・怡土・志摩と入りこんどります。こんな感じやと、もしかしたら地元住民でもさらさらと説明しきんしゃれんかもしらんですね。それこそ「伊都」国歴史博物館の案内でも混じっとったらなおさらでしょうたい。

で、その伊都国歴史博物館のなかに「いと」の歴史が簡単に説明したパネルがあったので、その画像をパチリ。

Itoitoito

ざっと書き写すと以下のとおり。

◆「イト」は、3世紀の中国の歴史書「魏志倭人伝」の中に「伊都国」として登場します。奈良時代の「古事記」・「日本書紀」の中では「伊都(覩)」と書かれています。そして『筑前国風土記』以後、「怡土」→「絲」→「糸」へとうつっていきますが、「イト」のよび名は、弥生時代から現代まで脈々と生き続けています◆

時の流れ(伊都・怡土・糸・糸島・志摩)のなかには「絲」というともあったとですね。よか勉強になります。

ちなみに「怡」の漢字には「心がおだやかになごむ。心がやわらぐ。のびのびして楽しい」という意味があるらしかです(広辞苑)。怡土=のびのびとして楽しい土地。いいネーミングですたいね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »