『あみやの いけろーろーの ふっかつしとるて いうけん みにいってきたとばってんがくさ むかしん にんぎょうかざりも のこっとって なつかしかったやね』
「網屋町の生け灯篭が復活しているというので、見に行って来たのだけど、昔の人形飾りも残っていて懐かしかったよ」
【いけろーろー】東区箱崎の網屋立筋・網屋本町・白浜町(旧町名)界隈で行われる盆供養先祖供養のための地蔵祭りのこと。また、その供養のための箱庭飾りのこと。
うったちゃ、「人形祭り」て言いよった気がするとですが、「人形飾り」ていう名称で復活しとります。戦前の博多にあった風習(これは個人的には未確認事項)が、戦後はなぜか箱崎の網屋だけに残っとったとのごたります。箱崎網屋生まれの自分の記憶じゃ昭和30年半ばくらいまでしよったっちゃなかでしょうか。それがここ十年くらいでだんだんと復活してきとるとのごたります。むかし地下もんの自分としちゃ、ほんにありがたいことであります。
さて、そのどげな箱庭かというと、文章よりも写真の方が話しの早いけん、撮ってきた画像でご紹介しときましょう。
これが自分らが小学生のころつくりよった箱庭=人形飾りに近かったごたります。風情のあろうが・・・。
今風の「いけろーろー」もありましたばい。筥崎宮の横でお米屋さんしよんしゃるshakeさんがいの「猫ろーろー(^^;」 こん写真のごと、地元ん子供が「ろーろー」に線香ばあげて供養してまわるとです。もちろん子供たちなただで汗かいて歩きまわるこたぁなかけんですね、ちゃーんとジュースやら菓子やらばお土産にもろーて帰るとです。自分らの頃は浴衣着る子も多かったかな。浴衣着る子も着らん子も、みんな盆提灯ぶらさげて回りよったとです。
shakeさんちでは、ヤクルト一本と、こんパッチン?みたいな「あすんもん(遊び道具)」ば配りよんしゃったです。「いけろーろー」の飾り家では物入り(^^;ですたい。やおいくめえね。ばってん、これで町に活気がでて、子供たちが地域に根付いていくなら・・・て考え願いながら祭りば復活させなったとでっしょうね。良かこと良かこと。
さて、最後に、いつものへっぱく流の語源探求遊びばしときます。
もちろん、ろーろーは灯篭の訛り。ただ問題は、なしてこげな箱庭を生け(埋け)灯篭て言うかですたいね。それこそ灯篭(火を灯す器具・本来は神前や仏前に灯火を献ずるための具)でもなんでもないでしょうが・・・。それでたいがい考えてしぼり出した結論が(今んところね、とりあえずね)、絵灯篭(絵馬灯篭・ぼんぼり類など)による供養に対して、生きた(あるいは埋けた)人形による供養という意味で生け灯篭と称したとやなかでしょうか。そげな気がしとります。
網屋天神境内の人形飾り会場の写真ですたい。手前に小さな絵灯篭がずらっと並んどるでしょうが、写真上が大絵灯篭。こげな大小いろいろな絵灯篭に対して、箱庭を生きた灯篭とみなしたとやないか・・・ていうとが大まかな推理ですばって、どうですかいなね。
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