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2007年4月10日 (火)

博多どんたく「しゃもじの由来説」その一

『どんたくのくさ しゃもじたたきな どこから はじまったとな』『ばんめしの したく しよった ごりょんさんが とおりもんの にぎやかしかとに さそわれて つい しゃもじもって とびだした げなたい』
「博多どんたく祭(につきもの)のしゃもじ叩きは何から始まったのかな」「夕飯の支度をしていた商家の奥さんが祭りの行列の賑やかさに誘われて、ついしゃもじを持って飛び出し(て行列に参加したということ)らしいよ」

・・・と、[博多どんたく港まつり]の大元締である「福岡市民の祭り振興会」から発行されとる「博多どんたく読本」やら、その公式サイトにゃ、だいたいこげな説明のしちゃります。博多んもん・博多っ子の祭り好きで「のぼせもん」の人情気質をよー表しとるエピソードですたいね。

ただ自分は、これはこれで楽しか話ばってん、まちっと具体的な証拠みたいなもんのなかろうかて、以前からずうっと考えよりました。まぁそれで、なんかかんかしよるうちに、去年のどんたく後頃に、けっこうそれらしい由来説ば二つでっち上げ(^^;とったとです。今日はそれば書いときまっしょう。

【博多どんたく「しゃもじの由来説」その一】
博多祇園山笠振興会初代会長ばさっしゃった落石栄吉さんの「戦後博多復興史」ていう貴重な文献があるとです。そんなかの、「明治三十八年の日本海海戦の戦勝祝賀どんたくではじめてしゃもじが叩かれた」との記述にぶつかったとき、あ、これか!て思いついたとです。
ヒントは戦勝としゃもじ。甲子園の広島の高校の応援がしゃもじ叩きやなかですか。アレですたい。あの戦勝しゃもじのルーツは日清・日露戦争。つまり全国各地から集まり、広島宇品港から出征する兵士が武運長久・勝利祈願のために宮島厳島神社に奉納し、また授けられた「しゃもじ」がルーツやろーと思うとです。そのしゃもじが帰国した兵士たちによって持ち帰られたり、あるいは戦時一色の各地に自然と流行ったりして広まっとったっちゃなかですかね。
そやけん、そげな状況やったら、「日本海海戦の戦勝奉祝どんたくのときに、その宮島しゃもじが持ち出され」ても、何の不思議もないっちゃないかと考えよるとです。当てっぽすちゃ当てっぽすばってん、そげん的外れやなか気がしとるとですが、どげんですかいね。

Dontaku23

おまけ。

博多どんたく写真集:http://homepage3.nifty.com/mistaker3/dontaku.htm
博多どんたく「雨がつきもん」「雨のジンクス」の検証ページ:http://mistaker.cocolog-nifty.com/heppaku/2008/04/post_37ec.html

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コメント

「由来説その一」を簡単にまとめて、西日本新聞「こだま」欄に投稿しておいたら、本日18日付朝刊に掲載されました。西日本の読者がいらっしゃいましたら、ご一読よろしく。

投稿: MISTAKER | 2007年4月18日 (水) 08時43分

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