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2007年4月14日 (土)

博多どんたく「しゃもじの由来説」その二

『ななくさがゆの ななくさてくさ まふゆの しょうがつに そろいよったとやろか』『むりやろたい ただ ななくさな もともと きゅうれきぎょうじやけん そんころ やったら はうすさいばい せんでちゃ そろったっちゃなかな』
「七草がゆの七草は真冬の正月に揃っていたんだろうか」「無理だろうね。ただ七草は元々旧暦の行事だから、そのころだとハウス栽培しなくても揃ったんじゃないだろうか」

【博多どんたく「しゃもじの由来説」その二】
なして、しゃもじの由来説の例文に「七草」ば出したかていうと、この「七草」がけっこう「どんたく」と縁があろうごたーとですよ。それなりに根拠のありそうことの見つかったけん、それをちっと書いときます。
福岡市祭り振興会発行「博多どんたく読本」やら、前述の落石栄吉さんの「戦後博多復興史」やらで、明治以降の「どんたく」がいつ開催されよったか調べよったとです。そしたら明治31年までは、だいたい紀元節をはじめとする旧正月に開かれとるとです。博多どんたく祭は今でこそ5月の連休開催のイメージの強かとばってん、もともとは藩主への年賀行事やったけん、ずっと正月に催されていたていう事実は、いっちょんおかしゅーはなかわけです。
で、七草。七草行事。これも正月行事。節句に七草粥を食べて無病息災を祈るというもんですが、こちらも古くは朝廷や藩主などへの年賀行事やったという説もあるとのごたーとです。どんたくと同じですたいね。どちらもルーツに年賀祝賀というとがあるだけやないとです。七草行事にも、どんたく囃しのごと、「七草囃し」ていうとがあってですね、これは博多の旧家には今でも残っとるとですが、「とんとんとん 七草なずな 唐土の鳥が 日本の空に 渡らぬうちに とんとんとん・・・」と囃しながら、しゃもじと包丁で七草をたたくとです。
時は明治。時代は明治に入り、旧暦から新暦に代わったとはいえ、七草行事はそのまま旧暦で行われよったと思えるとですね。どんたくも七草も、似たようなルーツを持つ正月の行事だったことを思えば、七草囃しのしゃもじ叩きがそのままどんたくに引き継がれたと考えてもそう不思議ではない気がしとるとです。どげんでっしょうかね。

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コメント

「由来説その二」の方も、西日本新聞「こだま」欄に掲載されました。本日27日付朝刊であります。
投稿は400字という制限のあるもんやけん、まとめるとのなかなか難しかです。西日本の読者がいらっしゃるようやったら、ご一読よろしく。

投稿: MISTAKER | 2007年4月27日 (金) 08時41分

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