2017年4月24日 (月)

抜かす

未収録語シリーズ三百六十二。抜かす。
『こうはいが おれば ぬかす そのうち ぬかしますて いうっちゃが なんのこっちゃら いっちょん いみの わからん』「後輩が俺を抜かす。そのうち抜かしますと言うんだが、何のことやらさっぱり意味がわからない」

それこそ「何ばぬかしよるとや?!」ですたいね。

【抜かす】追い越すこと。追い抜くこと。まだ共通語とは完全に定着していない若者語のごたりますね。「日本国語大辞典」と「広辞苑第五版」は未収録。大辞林には収録。「明鏡」では俗語扱いのようです。辞書もいろいろと個性があって面白かですね。

では、博多弁では「どう言うか?!」と薄ぼんやりと考えよりましたら、「抜かす・抜かされた」は使わんばってん、「追い抜かす」「追い抜かされた」ちゃ言いますね。とくに「追い抜かされた」の方は「マラソンゴールの最後の最後で追い抜かされてしもーたばい」と一緒に大会に参加した若い友人に言うたことのあったようです。

当時はまだ「ゼッケン」といいよりましたが、ナンバーカード51番。だいぶ若っかときんとです。いま思えばイチローの背番号と同じですね。

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2017年4月17日 (月)

ていしょう

未収録語シリーズ三百六十一。ていしょう。
『ていしょうも なかこと するけん おうじょうするったい やりかぶらんまえい やめときない』「柄にもないことをするからどうしようもなくなるんだろ。失敗する前にやめておくといいよ」

【ていしょう】
身のほど知らず。柄にもないことをする。結果的に甲斐性がないこと。
語源ははっきりしません。
ずらずらと思いつくことを書いてみますか。手衣装(自前の衣服)も用意できない。亭主(らしくもない)。呈上(物を贈ること)もできない。手性(字も上手に)書けない・・・などなど。とりあえず一つにこじつければ「性」なんてのはどうでしょう。
体性は
元々生まれ備わったもの。性格や性質や本質のことですから、それが「ない」ということでしょうね。最近ではもうほとんど聞いた記憶がありませんが、「ふてえがってえ」同様に「ていしょうもかなわん」は博多部の長老さん方の常套句やったです。

博多弁だけでやめときゃよかったとに、糸島弁やらも勉強しだしたもんやけん、毎週毎週の記事で往生しとります。まぁなんとか地理的なもんも(絲・伊都・怡土・志摩・糸島の違いなんてのもね)だいたい頭に入ってきましたばってん・・・。
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2017年4月10日 (月)

きとう

未収録語シリーズ三百六十。きとう。
『おやじから やまんしきたりから さけんのみかたまで ぴしゃーと きとーてもろーてこいて いわれとります』『おう そげんや よかよか しっかり きとうちゃろうたい』「親父から山(博多祇園山笠)のしきたりから酒の飲み方まで、きちんと修行させてもらって来いと言われています」「おうそうか。よしよし、しっかり鍛えてやるよ」

【きとう】修行する訓練する。修行すること、させること。こき使い(使われて)物事を覚える(覚えさせられる)こと。古語の「鍛《きた》ふ」「鍛える」由来の博多弁。

まぁ何にしろ、地域の習わしや地域に伝わる祭りの段取りごとは、長老やおいしゃんたちに「きとうてもらわん」と何もわからんですもんね。

Yamakasaningyo

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2017年4月 3日 (月)

ひょうひょう

未収録語シリーズ三百五十九。ひょうひょう。
『うわー こん ひょうひょうな のらぎいうより おでかけぎもんの ごたる えらい しゃれとんしゃしゃー』「うわー、この筒袖は野良着というよりお出かけ着物みたい。ずいぶんとおしゃれだよね」

【ひょうひょう】筒袖の野良着作業着のこと。
この「ひょうひょう」がどこから来た言葉なのか、この数ヶ月ずっと考えとりました。
国語辞書から方言辞書。ネットの着物事典や和服事典など探しまわりました。
法被《はっぴ》からとか、半臂《はんぴ》とか、半纏《はんてん》がらみからとか。仕舞いにゃ、ひゅうひゅうと吹く風除け着な~んて。

ところが、ふと思いついて手持ちの古い古い(15年前の)「おしかさん」の写真をとりだしてみると、一瞬にして疑問氷解。

Hyohyo

語源由来は「絣々《ひょうひょう》」「飛白《ひはく》=かすり縞」からやなかでしょうかね。正解かどうかはわかりませんが、自分では納得できた気がしています。やっぱし細かく字面ばっかし追っかけとってもダメなんですね。「たまにゃビジュアルからも攻めらんとね~」というとが今回の教訓。

志賀島からの魚行商の「おしかさん」については、「PART1」「PART2」の二回にわけて書いとりますので、よかったらどうぞお読みくださいませ。

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2017年3月27日 (月)

じゅるあめ

博多の食いもんシリーズその五十六。じゅるあめ。
『ひるやすみい じゅるあめんごとなった うんどうじょうで きっくぼーる しよったもんやけん せんせいに たいがい がられたばい』「昼休みに水飴(ぬかるみ)のようになった運動場でキックボールしてたもので先生に嫌というほど叱られたよ」

【じゅるあめ】水飴のこと。じり飴ともいうごたりますね。爺婆店(駄菓子屋)や紙芝居屋で買ーたり貰ーたりしては、割り箸で練りねりして遊びよりましたね。
もっとも博多弁らしい横綱クラスの「しろしい」の基になった古語「汁《しる・じる》い」の名詞形。似た形で「じゅる田=水はけの悪いたんぼ」や「じり耳=耳垂れ症状」などがあります。

写真は現役のじゅる飴。煮物に甘みや照りや粘りをつけるときに使います。子ども一家が集まったときに小皿で出してみると、子は覚えとったみたいで匙で混ぜて白くしよりました。
まぁ自然食だからと孫にも舐めさせると、最初は不審顔でしたが一瞬でにっこりと・・・。

Mizuame

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2017年3月20日 (月)

みつがの・みつがな

未収録語シリーズ三百五十八。みつがの・みつがな。
『みつがの とおるときゃ ちゃーんと つじの こうしんさん おがんで こなばい』「三叉路を通るときは道端の庚申さんをしっかりと拝んでくるんだよ」

【みつがの・みつがな】三つ角・みつまた・三辻・三叉路のこと。
「むかしの生活誌(春日市郷土史研究会)」を読ませてもらうまで知らん言葉やったです。

単純に三つ角の訛りとも考えられそうですが、なんかもっと座りのいい語源解釈がなかかと考えてみました。

「みつ」は三つか、「道」の訛りか。そのいくつか候補をあげてみます。
三つでは、「みつが野」「みつが(字)名」。道では、「みち鼎《かな》」「みちが守《も》」。道が守が例文の庚申さん。

【こうしんさん】庚申塔庚申塚のこと。道祖神信仰とも重なり、村の入口、三叉などに村の守り神、行路の安全のために祀られることが多かですね。

Koshinzuka

これはたしか糸島市染井神社の近くにあったと記憶しとります。

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2017年3月13日 (月)

えぐる

未収録語シリーズ三百五十七。えぐる。
『そうたい ごぼうな こんくらい えぐらな ごぼうらしゅうなかろうが こげん えぐるけん ごぼてんでちゃ きんぴらでちゃ うまかとたい』「そうだよ。ゴボウはこれくらいあくが強くないとゴボウらしくないよ。こんなにえぐいからこそゴボウ天やきんぴらがおいしいんだよ」

【えぐる】えぐいこと。アクが強く、のどを刺激するような味や食感があること。えぐいの動詞形になるとですかね。こういう用語法があるとは知らんかったです。

ゴボウ天ときんぴら写真ば載せときます。

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Gyudon

ついでにもうひとつ。「きんぴら」に「おてんば娘」という意味があるとをご存知やったですか。こちらでちっとばかし能書きたれとります。

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2017年3月 6日 (月)

てすりこんぼう

未収録語シリーズ三百五十六。てすりこんぼう。
『まちっと やすうならんかいなて てすりこんぼうして たのーだばってん まけちゃんなれんやった』「もう少し安くなりませんかと平身低頭して頼んだけれどもおまけしてくれなかったよ」

何を買おうしんしゃったっちゃろ・・・というわけで、てすりこんぼう。またまた木材の話・・・ではなく、階段の手すりを棍棒でつくるとではなかとです。

【てすりこんぼう】平身低頭して頼み事をすること。漢字を当てると「手擦懇望《てすりこんもう》」でしょうか。手摺りは懇願や謝罪のために手を擦りあわせること。懇望はひたすら願うこと。熱心に希望すること。

まぁ平身低頭するともよかばってん、願い事はこんくらいのとこで納めとくとが無難かもしらんですね。太宰府さんの「幸せの黄色いおみくじ」。

Omikuzi

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2017年2月27日 (月)

ぼくと

未収録語シリーズ三百五十五。ぼくと。
『さいしょの やきゅうばっとは おやじが ぼくとーば けずって つくってくれたやね』「最初の野球バットは、おやじがこん棒を削って作ってくれたよ」

昭和30年代はじめの実話です。しばらくして買ってもらったグローブは布製だった気がします。自分ら団塊の世代は下手も上手もみんな野球少年やったような気がします。さて、ぼくと。

【ぼくと】木の棒。棍棒、天秤棒。語源は木刀《ぼくとう》としとる方言本も多いとですが、自分は朴太《ぼくた》から来たとやないかと想像しとります。「朴(加工していない木)+(丸太の)太」。ちなみに「太《た》」は太刀の太なんで、結局は同じところに行き着いとるとですが。

また博多弁に似た意味の言葉に「ぼくたん棒」というとがあるとですが、これとも関係しとりそうです。こちらはもう10年ほど前に写真とともに詳しく書いてここに載せとります。 その後、「棒手棒」「焼け木杭《ぼっくい》の木杭」「棒杭《ぼうくい》」とも関係しとりそうな気がして来て、一度手にした「ぼくと」は木々に紛れて森の中・・・状態ではあります。ははは。

youtube動画の「いもがらぼくと」です。なんでも里芋の茎でできた刀のことで、力強くて男らしいがお人好しという意味らしかです。

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2017年2月20日 (月)

伊勢講

未収録語シリーズ三百五十四。伊勢講。
『じいさんたちやら うったちな ささぐりさんやら せいぜい ひこさんまいり ばってん おおきいじいさんたちからうえな いせこう かたって ほんなごと いせまいり しよんなった ごたるね』「爺さんも自分たちは篠栗霊場やせいぜい英彦山参りだったけれど、曾祖父さんたちから上の世代は伊勢講に加わって本当に伊勢参りしてあったようだね」

【伊勢講】もともとは伊勢参宮のための信仰集団。旅費を積み立てて(あるいは貸し立て)籤に当たったものが講仲間の代表として参詣し霊験を受け帰着した(精選版日本国語大辞典)。その後は信仰団体というより、金銭を融通しあう無尽講や「寄りあい・飲みごと」的な集まりに変化していったごたりますね。自分の母親もたしか昭和40年代ころまで町内の無尽講にかたっとったようです。

ちなみに伊勢神宮まで参らずに篠栗や英彦山で済ますことを「半参宮」といっとったようです(春日市の民俗 むかしの生活誌:春日市郷土史研究会)。

写真の石碑は「お櫛田さん」の恵比寿神社の脇に立っとりました。

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